写真 日本ハイソフト外観
一般企業向け業務用パッケージソフトとは、具体的にどんなものですか。
いろいろな種類がありますが、たとえば商社を例にとりましょう。モノを仕入れて在庫を管理してそれを売るという一連の流れがありますね。そこにはモノを管理する必要もありますし、モノを売り買いすることに伴いお金の管理も発生します。その中で、在庫管理から、受発注の伝票発行まで取引の一連の流れを一貫して管理できるソフトです。
これらのソフトを一般企業に導入していただき、事務の省力化、業務の見える化を図ることで、導入していただいた企業の経営改善につながるようにしています。
導入実績をみると林業から医療福祉まで多岐にわたっています。これほどコンピューターが普及するとありとあらゆる業務に関係してくるんですね。
そうですね。もうパソコンは電卓と同じように業務の必需品になっているのかもしれません。
すでに製品化されたパッケージソフトを売るんですか。
いえ、導入していただく企業それぞれに業務が違いますし、同業者であっても同じソフトがそのまま他の同業者に使えるわけではありません。会社個々に管理する業務も違いますので、パッケージソフトをベースにそれぞれに合うようカスタマイズします。そこが我々の強みですし、付加価値の部分です。
企業にあった業務ソフトを開発するには、その会社の業務に精通していなければいけないんですね。
そうですね。企業にとって業務ソフトの導入はあくまで手段であって、目的は経営改善、効率化ですからね。今その企業のどこが問題点でどう改善すればいいかそれを考えながらソフトを開発し、提案しなければいけません。その提案を納得していただければ企業に使っていただけますし、他社の提案に負けることもあります。そこは企業間の競争の部分です。
やはり競争は激しいものですか。
われわれは大阪に支社を設けているんですが、それこそ都会地はIT企業なんていくらでもありますよ。そこでもしっかり提案して他社との競争に勝たなければいけません。
大阪に支社を設けられた経緯を教えてください。
私の起業した経緯によるものなんですが、もともと私は大阪でソフトウェアの開発の仕事をしていたんですよ。その関係で大阪のお客様が多く、出雲から毎回出向いていたんでは効率が悪いので支社を持つようになりました。今は他の同業者とともにビルに入居していますが、最初はマンションの一室を借りてスタートしました。
社長が起業された経緯を教えてください。
地元の高校を卒業後、東京理科大に入学しました。大学での研究でコンピューターの世界に触れて、これがとても面白くこの世界に入ったきっかけです。卒業後は東京に本社があるIT企業に入社し、大阪支店に勤務しました。勤務して数年して私も地元である出雲に帰らなければならなくなったんですが、この経験を活かせる企業はその当時まだ出雲にはありませんでした。この仕事は好きだったし続けたかったので、だったら自分で会社をつくろうということになりました。当時勤めていた会社にも事情を話すと、顧客を紹介してくれたりいろいろと協力してくれました。

写真 杉原社長
今は島根県が推し進めているrubyがありますね。社長から見てrubyによる産業振興や今後の可能性はどうお考えですか。
Rubyとはソフトウェアを開発するプログラミング言語のひとつなんですが、ソフトウェアの開発効率がいいことから注目を集めています。しかしまだまだ全国的、世界的に普及するところまでには至っていません。もう少し時間が必要だと思います。
こちらでも何かrubyに関する取り組みをされていますか。
しまね産業振興財団の助成事業を活用して、プログラミング言語のPHPからrubyへ変換するツールを研究開発しています。まだ基礎研究の段階なんですが、島根大学なども巻き込んで産学官が連携しながら取り組んでいます。
ここからは人材について伺います。社長が求める人材とはどんな人材ですか。
向上心のある人ですね。まじめな人もいいんですけど、この業界はどんどん新しいものを生み出すことが求められる業界です。行き交う情報のスピードも速く、常に新しい情報に敏感に反応しなければいけません。そのためには向上心がないと続かないでしょうね。
これまで取材させていただいた企業でも求める人材を伺うんですが、どの業種にも通じる求める人材像があるような気がします。向上心やコミュニケーション能力、素直さやヤル気など、決して難しい知識や技能を求めるわけではなく基本的なことを求めていらっしゃるんだと思います。
そうですね。最近は女性のほうがパワーがあるように感じます。あとは自分の言葉でものごとを伝えられるかどうかですね。面接や応募書類にちゃんとしたことが書いてあっても、それが自分の言葉なのかどうかはすぐに分かるものです。
面接の際にどういったところを見られますか。
さっき言ったことのほかには、何か一つ自分が誇れるもの、光るものを持っているかを見ます。それは何でもいいんですけど、「自分はこれだったら誰にも負けない」というものを持っている人はやっぱり強いですね。さらにそれを自分の言葉で人に伝えられたらもっといいと思います。
最後に今後の目標を教えてください。
コンピューターが普及したとはいえ、業務用ソフトの導入はまだまだ初期投資に大きな費用がかかるため、これをもっと少ない経費で利用できるよう開発を進めていきたいですね。それと、地元でITの仕事がしたいと思っている若者のために、この出雲で活躍できる環境を整えておいてあげたい。地元で育った優秀な学生が、地元には仕事がないからといって県外に出ていくなんてさみしいじゃないですか。そんな彼らが十分に力を発揮できる場をこの出雲に作りたいですね。
続いては平成20年4月入社、システム開発部の熱田さん(26歳)にお話を伺います。
どうして日本ハイソフトに入社されたんですか。
徳島大学で情報工学を学んでいました。卒業後は地元で専門知識を活かした仕事をしたいと思ったからです。

写真 熱田さん
もともとコンピューターが好きだったんですか。
はい。高校生のころからゲームが好きで、自分でも面白いゲームを作ってみたいと思っていました。
大学ではどんなことを勉強されたんですか。
今の仕事であるプログラミングの基礎のようなことを学びました。大学で学んだ知識はそのまま仕事に使えるわけではありませんが、大学で学んだ基礎は大いに役に立っています。
入社してみていかがでしたか。
入るまでは一人でもくもくとパソコンに向かって仕事をするイメージでしたが、大部屋でワイワイガヤガヤやっていて、少し印象と違いました。
今はどんな仕事を担当していますか。
先輩に付いてソフト開発のサポートをしています。あと、PHP言語からrubyへの変換ツールの開発にもメンバーの一員として携わっています。最近はソフトだけではなく、そのソフトを入れるハードの設定ができるように実務を積んでいます。

写真 熱田さん勤務風景
プログラマーの仕事を想像すると一日中パソコンに向かっているイメージがあるんですが、大体の一日のスケジュールはどんな流れですか。
そうですね、
8:30 出社 社内の掃除
9:00 始業
10:00~12:00 プログラミングに関する新技術の勉強会
12:00~13:00 昼休憩
13:00~16:00 プレゼン用の資料づくり
といった感じです。
勉強会は定期的にされるんですか。
特に決まっていませんが、新しい情報が入ると誰かが講師役をやってみんなで勉強しています。どんどん新しい技術が開発されてそれに付いていかないといけないので、学び続ける姿勢を持つことが必要です。
学生時代は勉強のほかにどんなことをしていましたか。
テニスサークルに入っていました。高校時代から続けています。アルバイトもテニスの講師をやったりしていました。いまでも土日のうちどちらかはテニスを楽しんでいますよ。
社会人になって変わったことはありますか。
時間に対する考え方が変わりました。学生の時に比べて一時間が貴重に思えるようになりました。納期が迫るとプレッシャーを感じます。学生時代もアルバイトはしていましたが、仕事に対する責任感が全く違うように思います。
最後に今後の目標を教えてください。
今は先輩について仕事をしていますので、自分でも担当を持ってお客様との設計の打ち合わせや価格交渉などをメインで出来るようになりたいです。
編集後記
今回は2社目となる情報通信業の企業を取材させていただきました。社長の言葉の中で「地元で若者が活躍できる場を整えておきたい」という言葉が印象的でした。地元の家族や地域の人が大事に育てた学生が進学を機会に都会に出て、大学などで専門知識を身につけた後、地元には仕事がないからといってそのまま都会に就職してしまう現状は、出雲に限らず全国的に問題になっています。そんな優秀な彼らに対し、出雲にもこんなに活躍する場所(企業)があるよとPRするのもこのブログを始めた目的のひとつです。これからも出雲地域の経営者の熱い想いと出雲でがんばる若者を紹介していきたいと思います。
株式会社日本ハイソフト
http://www.jhsc.co.jp/























